「全体国家」論の現代日本への警告

 行政ニーズの多様化・高度化が進んでいる。東京都のホームページにおいても、以下のような記述がある。

行政の提供する公共的なサービスは、非市場性を本質とするものとされ、公共の秩序維持や安全の確保から、福祉サービスなど各種サービスの供給に至るまで、行政が広範な役割を担ってきた。

【出典】http://www.soumu.metro.tokyo.jp/03jinji/hakusyo01.html

 もともと広範な役割を担っていた行政は、市民のニーズの多様化・高度化により、さらにその役割を拡大化しているところである。行政の役割の肥大化傾向の是非について論じることはできないが、ドイツの政治学者・公法学者で、全体主義的国家論を提唱し、ナチスに理論的基礎を与えたカール・シュミットの議論が参考になる。

 シュミットの議論では、民主主義的な議会制度のもとでは、諸党派と経済的利害関係者によって支配されている。その結果、国家は社会生活のあらゆる局面への介入とあらゆる私益保護とを要求される「全体国家」へと堕落していく。ここでいう「全体国家」とは、国民生活全体を支配する強力な国家ではなく、社会の様々な雑多な要求をすべて考慮せざるをえない弱々しい国家である。

  

 行政サービスのスリム化できる余地はまだあるだろうし、すべきであろうが、行政の肥大化と国家の「力」が反比例していく関係にあるという指摘は新鮮であった。昨今の財政状況を考えれば、限りある資源の「選択と集中」がより一層必要であることはいうまでもない。

<参考文献>

憲法とは何か (岩波新書)

憲法とは何か (岩波新書)